今回は急遽「平松宏之スペシャルガラディナー」の為に東京に入る。平松宏之氏と言えば「レストランひらまつ」のオーナーシェフであり、全国にレストランを有する一部上場指定銘柄の「ひらまつグループ」の社長(本名・平松博利)でもある。広尾の本店に加えて、私達の地元福岡店とフランス・パリ店、この3店舗だけに「レストランひらまつ」と冠が付く。この日は上顧客が集まる特別ガラディナーが開催されるにあたり、いつも博多店で素晴らしいサービスと料理を楽しませて貰っているので、博多を代表してご挨拶がてら参加させて頂く事にした。

広尾本店は大使館が並ぶ一角にあり、かなり贅沢な場所。車窓に目を走らせていたスタッフがサッと道路まで出迎えてくれる。この辺りの気遣いはグランメゾンならでは。4階建の洋館、中に入ると明るく広々としたエントランスで優雅さに包まれるわ。階段を下りて地下へ・・食前酒を手にする人々の会話がさざめきのように広がっている。
しばらくして順次3階のメインダイニングに案内される。博多店と同じイメージでソワレで装ってきたがまさかの階段移動、しかし「私が支えますからご安心ください」とスタッフの皆さんにエスコートされながらのお姫様気分もいい(笑)
建物自体も少し年季が入っていて家具や絵画と相まってアンティークな雰囲気。2階にはバーや個室・化粧室、なんと厨房は4階!にあるわ。博多店は1フロア(1241m2)でアールヌーヴォー内装でまだ10周年程度という事もあり、実は本店よりも新しく豪華に感じる。
さて、今夜は紳士淑女が集う「平松宏之スペシャルガラディナー」。平松氏が長年に渡って信頼関係を結んできたドメーヌやシャトーから集めた秘蔵のワインコレクションの中から6本と、その6本に合わせた特別料理を存分に楽しむとするわ。

ウェイティングスペースでは、プチシューと生ハムにあわせて「ドゥラモット ブラン・ド・ブラン(VINS Delamotte Blanc de Blancs)1999年」が食前酒としてふるまわれる。ほのかに柑橘系のニュアンスの香り。宿泊先のホテルで、来る前に「ルイ・ロデレール ブリュット・プルミエ(Louis Roederer Brut Premier)」を飲んでいたので違いが良く分かる。ドゥラモットは、酸がとてもシャープだがバランスが優しくごつごつしていない。ルイ・ロデレールのような力強さ、分かりやすさはないがとてもシックな味わい。
今宵の会場である3階のダイニングは、こじんまりとしているがとても落ち着く空間だ。「今夜は私が長年かけて集めてきたワインを、心ゆくまで楽しんでください」という平松シェフの挨拶と会場からの盛大な拍手の後に早速宴がスタートする。
1品目の前菜「軽いフィユテとラングスティーヌ オランデーズと共に」。これには「サロン ブラン・ド・ブラン(Salon Blanc de Blancs) 1996年」が合わせられた。「サロン」は、1921年の初ヴィンテージ以降90年で37ヴィンテージしか作られず、その他の年はドゥラモットに回される。中でもこの1996年は極上のヴィンテージと言われているのだ。その「サロン 1996」は、香りはまだ閉じているが白い花のようなニュアンス。すっと飲みやすいがシャルドネの気品にあふれていて、どこまでもすべらか。

「サロン1996を生かすために邪魔しない前菜。あくまで主役はサロンです」と平松シェフ。なるほど・・とてもバランスが良くて上品な前菜なのだが、特にサロンとの相性は感じない。逆にサロンを味わいながら口中を整理するために頂くと、分かりやすい美味しさが響く。
サクサクと限りなく軽やかなパイ生地の間にはかわいらしいラングスティーヌ。オランデーズの優しい酸味と甘みが、ポワローのニュアンスとともに余韻として広がる。その余韻とともに「サロン」を再び口にふくむと、硬質でいて優しいミネラルの奥に広がる「点」のような旨みを探すような楽しさがある。敢えて言うとサロンの「気品さ」に合わせた「気品さ」をまとった前菜といえるかもしれない。
3本目は「マルク・ブレディフ ヴーヴレイ(Vouvray - Marc Brédif)」、しかも1973年だ。ロワール地方で1893年に創立されたマルク・ブレディフ。現在ではロワール地方の雄であるラドゥセットが所有している。平松シェフもラドゥセットから直接仕入れたという。
グラスの向こうが透けて見えるような黄色。オレンジの皮、水に溶かした上質の蜂蜜のような薄い香り。優しい口あたりのアタックから余韻まで、その中心線に軽いがとぎれない綺麗な酸味があるため飲みやすい。30年を経ているからもっとトロリと凝縮した味わいを予想していたのだが、見事に裏切られる。余韻にはシュナンブランっぽい果実の風味がかすかに感じられ、ロワールらしいチャーミングさも失っていない。
これに合わせるのは「青首鴨のムースリーヌ 金柑のコンポートとナッツのキャラメリゼのアンサンブル」。軽くトーストされたブリオッシュも添えられる。金柑、ナッツと香りとのハーモニーを狙った前菜だろう。青首鴨のムースリーヌもとても穏やか・・そこに厚みある黒トリュフが加勢する。「金柑」は味わいが被り過ぎてむしろ少量でも良かったかなとは思ったが、とてもソフトな口当たりの溶けるような優しい前菜で、満足な組み合わせだった。

白は「エルミタージュ・ブラン・ド・ロレ・セレクション・パーセレール(Ermitage De l'Orée Blanc - M.Chapoutier Sélection parcellairer) 2006年」。ローヌ北部のエルミタージュは赤白ともに個性的なワインを輩出する。200年の歴史を有するシャプティエは、この地方の代表的なドメーヌだ。90年からはビオディナミ農法を採用しマルサンヌ種100パーセントから独特な白ワインを作り出す。
樽で長期熟成するため広がる酸化熟成香は、刺激的かつ愉悦的で、しかし料理にはなかなか難しい香り。そんな「シャプティエ・エルミタージュ」は先日「ジョエル・ロブション来日ガラ・ディナー」でもグラスワインに選ばれていて頂いたばかりだったので、「さて今日はどんな料理に合わせてくるのだろう・・・エルミタージュ白はトリュフ香とも言われているので、やはりアクセントはトリュフかな・・」などと想像をふくらませ楽しみにしていた。
そこに運ばれてきたのは「厚切りアワビとアーティチョークのソテー コライユのソースにパセリの香りをのせて」。アワビの胆ソースのネットリしてチーズのような風味が印象的なプレート。鮑のふくよかなヨード香が、くせのあるシャプティエのエルミタージュとからみあう。パセリの香りをまとったキモのなんとも言えないソースも愉快な接点を設けてくれた。
「こういうワインと料理とのハーモニーはどのように考えていくの?」とスタッフに単刀直入に尋ねると、「平松シェフが考えられるので我々スタッフには分からない感性です」ということ。ワインに造詣の深い平松シェフならではのプレートだろう。
赤は「シャトーオーゾンヌ(Château Ausone) 1998年」。アラン・ヴォーティ エ氏が1995年に就任して以来さらに評価が高まるオーゾンヌ。言うまでもなくボルドー右岸サンテミリオンの雄の一つだ。16時過ぎに抜栓し5時間ほど経過し、しかもダブルデキャンタージュしていたという。現在のベストの状態を味わうための入念な事前準備に感心する。それでも、赤い果実のシックな香りはまだ閉じ気味だから、オーゾンヌの長命さのほどが伺える。

アタックに感じる果実の凝縮感と緻密さは、去年ひらまつ博多での「シャトーマルゴー (Chateau Margaux) 2000年」以来に感じるレベル。全体のスケールも、今年味わった96のオーゾンヌよりはるかに大きい。ただ余韻はそのままふくよかに広がるのではなく、地平線をいつまでも平行に延びていくような印象。何とも言えず独特だ。妻は「相変わらず難しいワインだわ」ということ。
合わせられる肉は「蝦夷鹿ロース肉のロースト ソースグラン・ヴヌール 森の恵みのラビオリを添えて」。蝦夷鹿肉は赤身を帯びた繊細な火入れ。2つ添えられた小さなラビオリには、マッシュルーム・トランペット・ジロール・セップなど複数の茸が細かく刻まれて入っており、その森の香りが余韻に花を添える。しかし何と言っても主人公はオーゾンヌ。茸類を食べる鹿、さらにそれらをひと飲みしてしまう「オーゾンヌ」という趣きか。その主客逆転したハーモニーを楽しんだ。
最後は「ヴァインバック ピノ・グリ アルテンブルク カンテッサンス グラン・ノーブル(Pinot Gris Altenbourg Quintessence de Grains Nobles - Weinbach) 2005年」。アルザスで400年近い歴史を誇る「ワインの小川」という意味のドメーヌ。この2005年ヴィンテージからヴィデオナミを全面実施しているというが、余り感じない。ピノ・グリはピノ・ノワールの突然変異のブドウ。黄金色の色調。蜂蜜のような香りに続いて、綺麗な酸がどっしりと控えている。存在感はあるが可憐さもある。アルザスの本領を発揮した、らしいピノ・グリだ。

シャンパーニュ地方に始まり、ロワール、ローヌ、ボルドー、そしてアルザス。フランス全土を回るようなワインの数々にあらためてフランスワインのポテンシャルの高さを再認識した。イタリアワイン、カリフォルニアワイン、日本ワイン、第3世界のワインも楽しいし嫌いではないが、ワインの世界はやはりフランスに始まり、どんなに長い旅を経てもいつかまたフランスに戻ってくるんだな、そんな確信さえ覚える。
広尾本店でマダムを務めてらっしゃる平松慶子夫人は、すべてのテーブルを周って細やかなおもてなし。平松シェフもいつもより穏やかな雰囲気を醸し出している。客側も平松家に招待されたような心温まる安心感を感じるから不思議だ。10代で知り合ったという2人が「ひらまつ亭」を皮切りに長年に渡り築き上げてきた「ひらまつ」。その広尾本店で味わう美食とワインのハーモニーは、また何かしら格別なものがあった。