
今年春に「JR博多シティ」が開業した事で、お盆の季節はこの博多駅界隈が賑やかな様子。この夜は久しぶりに「鮨 安吉」に出向く。「ANAクラウンプラザホテル福岡」に程近い、住吉通りから1本入った路地沿いにひっそり佇む、一軒家構えの江戸前鮨だ。
開業当時訪問した時には無かった立派な引き戸の門。暖簾ではなく表札が風情ある。石畳少し入ると改めて玄関、磨き上げられた7人用のカウンターが浮かび上がる美しい空間が広がる。玄関入ってすぐの右側には、4名用の小上がり(個室)もある。
以前は煌々とした照明だったが、やや抑えめの暖か味ある照明になっていて落ち着く。少し高めの椅子・・目を上げると、九州では1・2人の職人しか出来ないと言われる高い技術の「網代天井」が印象的だ。
カウンターの中には若きご主人・椎屋安彦氏と、東京からの若い職人の二人。すっきりしたネタケースやつけ場周りも美しく、チームワーク良くテキパキとした仕事ぶりも好印象だ。テンポよく出てくる「おつまみ」を、まずはお勧めの冷酒と共に味わうことにする。
ずっしりと重みのある錫の酒器や箸置き、おしぼりトレイにコースターまで全て、京都「清課堂」の物。銀座「鮨 水谷」でも使われている。夏らしく涼しげで、何よりキンキンに冷えた日本酒が美味しい季節だ。
「京都には時々行きますので選んできました。その他の器は九州もの・・有田焼や唐津焼を中心に好きなものを買い揃えています」と椎屋氏。なるほど、シックで上質な器が揃っていてセンスが良い。
最初の冷酒は広島「宝剣」、キレある味わいにほのかな甘みで食前酒的に楽しめる。妻も「食前酒みたいで美味しいわね~」といつもよりハイピッチだ。
まず出てきたのは「茹でた真蛸」に好みで塩をつけて。続いて「鰹の漬け」は乗せられた和辛子がアクセント。そして細かい仕事の「鯖の棒寿司」はまろやかな甘味と風味。妻が気に入っていた。どれも一口で楽しめるツマミは味わいの変化も楽しく酒がすすむ。
小皿類は「鮨処 つく田」や「銀すし」でお馴染みの、銀座「あら輝」でも使われていた唐津の中里氏「隆太窯」の物。
さらに続いて、皮目だけさっと炙った「新サンマ」は秋の風味が口の中に広がり美味だ。添えられたワタが秋刀魚の味わいを増幅させてくれる。そして福岡ならではの「おきうと」も少量出て口元をさっぱりさせた後には「アラの肝」が登場する。
次の日本酒は静岡「正雪」、しっとり綺麗な味わいでよりすっきりした飲み口だ。これは「子持ちのヤリイカ」や「イワシ」とともに。そこへ「鱧子」が登場する、塩辛にして表面をさっと焼いたものだ。ネットリした味わいの奥のかすかにプツプツした食感が何ともクセになる。これこそ酒のアテにはぴったりだろう。
醤油漬けの「生シャコ」のネットリした味わいを添えられたツメのほのかな甘みとともに楽しむ・・九州ならではの酒肴だ。
「あん肝とスイカの奈良漬け」も抜群に良かった。「あん肝」は裏ごししてパテのように仕上げたという。スイカの奈良漬けのアクセントも効いていて思わずワインを欲するなあと内心思っていると、横では妻が「肝のムースみたいでクリーミーね!フレンチっぽいわ」と満足気に言う(笑)
つまみの最後には、細やかな江戸前らしい仕事ぶりの「イカの印籠詰め」。工夫した多彩なおつまみ達は流れもよく楽しいものだ。甘味や酸味を活かしくっきりした輪郭の味付けなので日本酒とも相性良く、ここは酒好きに向いている寿司屋と言える。
3種類目の日本酒、福島の「飛露喜」に移った頃、お待ちかねの「握り」が「ひらまさ」からスタートする。丸い個性的なつけ台は、佐賀の小川氏「北山窯」で、しかも特別に焼いてもらったものだという。
「ヤリイカ」はほのかな甘みがシャリと混じり合う。「鰆」は昆布締めで。軽妙な締め方が赤酢の風味と一体となり仄かな色気を感じさせる。「かすご」も春子の繊細な特徴を上手に引き出している。
季節の「シンコ」は2枚付けで。出だしは8枚付けだったというからさぞ手間がかかったことだろう。穏やかな酢加減が新子の可憐さをうまく表現して、夏らしい味わい。更に「アジ」と続いていく。
米酢と赤酢と半々で合わせるというシャリは、酢が利いていて塩ともバランスが良い。肩の力を抜いて軽く握っているのだが、形はきっちり整っていている。ほんの気持ちだけ芯を残したようなシャリはさらりと口の中でほどけ、小さめのネタとバランス良く口の中でハーモニーを演じる。味わいがいのある色気漂うシャリだろう。
更に鳥取・境の「マグロの漬け」は鮪の旨み・酸味が綺麗に引き出されている。妻が思わず「今のヅケ、すごく美味しい~♪」と声を上げると、「自分もヅケは好きなんですよ。酸がありますよね」と嬉しそうに椎屋氏。「大トロ」は赤酢だけのシャリで握られる。赤酢の強い酸味・風味がトロと相性がよく活きていた。
そして唐津の「ウニ」、甘みや少し感じる苦みにコクが赤酢のシャリととても合う。「車海老」まで赤酢のみで握られて、「ハマグリ」で最初のシャリに戻る。蛤の香気が上手に引き出されていて満足だった。
更に蛤のスープも供される、この器も唐津の「隆太窯」のもの。ついでに言うと、化粧室の洗面台は長崎の「波佐見焼」だ。
最後の日本酒は山形の「楯野川」、かなり飲んでいるな(笑) 「アナゴ」はかすかな食感を残したふんわりとした味わいでかなり好きな部類。「ん??ここは福岡かぁ、東京で食べてる気分ね」と妻。趣味の良いこだわり感じる空間の中で、ご主人の物静かな接客も上品で好ましく落ち着いて食事ができた。そういった意味でデートにも向いている。
九州では最も「江戸前らしい」、つまり「東京水準の握り」とも言える。真面目に鮨に向き合い勤勉に努力された成果だろう、ここ数年の間に格段に美味しくなっていた。ご主人はまだ30歳前半であるから今後10年間さらなる進化が楽しめそう。その意味でも通いがいのある鮨屋だろう。